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10 号墓

ドキュメント内 浦添市文化財調査報告書 | 浦添市 (ページ 37-51)

外 観 10号墓は、調査区の北東側斜面に位置する堀込墓である。墓は基立の琉球石灰岩を横方向に

掘り込み、手前より墓庭、サンミデー、羨道、墓室を成形する。墓全体を掘り・削りによって仕上げ た、いわゆる総堀込の墓である。屋根部の形状は削平により判甕としないが、墓正面の上部には庇状 の直線的な浅い段が削り出されている。墓の主軸方向は、北東-南西である。

調査前、墓口はすでに開口しており、墓口には土砂が厚く堆総し、隙間から僅かに墓室内が覗ける 状態であった。墓口は入口で幅約 1.15m~0.9m、高さ1.17m、内部で幅約 0.6~0.8m、高さ 0.98 mの縦長の長方形で墓室までの奥行き1.10mを測る。ハカヌナー〈墓庭〉は幅約 3.3m、残存部で奥 行き約2.8mを測る。

墓室内 墓室は平面形で横長の方形を成し、シルヒラシ部の奥行き約 1.5m、幅約 1.8mの横長の方

形で、約2.7㎡の広さを有する。天井はほぼ平坦で、天井までの高さは約 1.6~1.8mを測る。シルヒ ラシ基部は石質に起因する凹凸がみられるが、琉球石灰岩の石粉を敷き詰めて平坦にしている。

棚は墓室奥と左右の両壁面に凸状(出窓状)に岩盤を削り出して造られる。奥棚は奥行き約 0.7m、

幅は、手前側で約1.5m、奥側で 1.15mを測る。基底面からの高さは 0.82mである。右棚は奥行き約 0.3m、幅約1.24mを測り、基底面からの高さは約 0.8mである。右棚は蔵骨器を設置するには幅が狭

いが、これは棚を造る際に隣接する11号墓墓室に達してしまったため(一部は貫通している)、必要 な幅を掘ることができなかったためである。左棚は奥行き 0.47m、幅 1.27mを測り、基底面からの高 さは 0.72mである。

出土遺物(第11~17図・図版18~20)

墓室内の各蔵骨器は、正立した状態で検出されたが、個々の蔵骨器は破損している状態のものが多 くみられた。また、蓋はほぼ全ての蔵骨器で外れた状態であったことから、過去に人為的な撹乱を受 けたものとみられる。

10 号墓からは墓室の棚やシルヒラシに安置

されていた蔵骨器で確認できた完形個体は 25 点であった。その他に破片等の出土があったた め、実際に安置されていた蔵骨器はそれ以上だ と考えられる。内訳は陶製無頸蔵骨器(ボージ ャー厨子)が 18 点、陶製家形蔵骨器(赤焼)

が身と蓋のセットで1基、転用蔵骨器の沖縄産 壷が6点である。破片での確認だが宮古式土器 片が144点出土していることから、本墓でも宮 古式土器による転用蔵骨器があったことが推察 される。蔵骨器(身)で確認できた 25 基のう ち、ボージャー厨子が約70%を占めており、1 号墓とは異なる様相を示している。本墓は他墓 と比較して戦争の被害から免れた部分が多く、

A

' B B

*+,-/

*3,-/

*4,-/

*6,-/

0 S=1/60 1m

9図 10号墓墓室横断見通し図(遺物有り)

― 23 ―

A 27X=

420 08

19 Y=

6 33

:

0

G N8 8

C B B'

見通

平 面 図

A'

AA';<=>? 17

@AB 1C

@AB DE@AB DF@AB

C'

S=1/60

0 2m

第 10 図 10 号墓遺構図

墓 室 横 断 見 通 し 図

B B'

1GHIJ

1KHIJ

1LHIJ

1MHIJ

A

― 24 ―

18.0m

17.0m

16.0m

15.0m

14.0m 19.0m

C C'

凸窪断見通し図

横断見通し図

18.0m

17.0m

16.0m

15.0m

14.0m AA'

0 2m

S=1/60 A

BC

― 25 ―

蔵骨器の残存状態も非宇に良いのが特徴である。ただし、第 10 図平面図からも、かるように、ほと

んどの蔵骨器の蓋が移動されていたもしくは破損し撹乱された状態での検倉だったため、陶製蔵骨器 で蓋と身のセあト関係が分かる資料は残念ながら不明であった。以下、下記のように大別し、個々の 遺物の詳細については観察表に記す。

蔵骨器(身)(第11図1~第15図8)

倉土した蔵骨器のうち特徴的なものを8点図化した。ただし、陶製家形蔵骨器(赤焼)は残存状 況が悪く、触れるだけで器面が剥離する状態だったため、図化・撮影等は見送った。

(1)陶製無頸蔵骨器(せほジャほ厨子)(第11図1~第15図7、図版18~19の1)

せほジャほ厨子では第11 図1は窓下方の身の中央に「仲上はんかなし」の線彫り銘書が生 認できた。窓の庇は寄棟瓦葺を表現し、窓の左凸には貼付の僧形人物像が片側3体ずつ施され、

それぞれの像の下位に線彫りの蓮華を施している。第11図1のほかに、第12図2のせほジャ ほ厨子でも貼付の僧形人物像が窓の片側に3体ずつの計6体見られた。第13図3や第14図4 では沈線で草花文や蓮華葉文が描かれたもの、第14図5から第15図7は無文のせほジャほ厨 子である。

(2)転用蔵骨器(第15図8、図版19の2)

小型の沖窄産陶器壷を蔵骨器として転用した壷である。胎土や泥漿等からい、ゆる十名・知 花焼だと思、れる。接合により全形がうかがえた資料。接合資料のため桜生な打割の範囲は不 明だが、口縁部の一部から底部にかけて打割されたと見られ、蔵骨器としては割れ口を上部に 向ける横倒しでの使用が考えられる。

蔵骨器(蓋)(第15図9~第17図16)

18基生認したせほジャほ厨子の蓋の中から特徴的なものを7点、そンガン釉甕形蔵骨器の蓋を1 点図化した。

(1)陶製無頸蔵骨器(せほジャほ厨子)(第15図9~第17図15、図版19~20の1) せほジャほ厨子の蓋は、飾り棟の有無で2種に大別した。

①飾り棟が有るもの(第15図9・第16図10) 草花文の有無で2種に分類した。

a.草花文がみられるもの〔第15図9、図版19の3〕

第15 図9は棟状の凸帯貼り付けがつまみ台を中心に口縁部近くまで4本伸びる。その凸帯 の下端部には渦巻状の装飾をそれぞれに貼り付けるタ『プである。区切られた4つの区画内に は線彫りによる草花文が施される。全体的に丁寧な作りであり、草花文の線彫りを細く軸い線 で表現する。

b.草花文がみられないもの(第16図10、図版19の4)

第 16 図 10 はつまみ台から棟状の凸帯貼付が口縁部近くまで5本伸び、その下端部には第 15図9と同様に、渦巻状の装飾を貼り付ける。区画内は無文である。

②飾り棟が無いもの(第16図11~第17図15)

文様でa.草花文、b.幾何学文、c.無文の3種に分類した。

a.草花文がみられるもの(第16図11、図版19の5)

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第16図11では、外面に櫛描きによる草花文が施される。

b.幾何学文がみられるもの(第16図12、第16図13、図版19の6~7)

第16図12では外面には櫛描きによる波状沈線文を上下に2条施した後、株につまみ台直下 から放射状に櫛描きによる沈線が口縁部まで5本施す。一部草文のような沈線文が見られた。

第16図13は、つまみ台下部に櫛描きによる波状沈線文が1条施され、その下位には放射状に 9本の櫛描き沈線が短く施される。

c.無文のもの(第16図14、第17図15、図版19の8・図版20の1)

第16図14は無孔つまみ、第17図15はつまみ無しとなり、両者とも無文である。

(2)陶製有頸蔵骨器(そンガン釉)(第17図16、図版20の2)

同図 16 はそンガン釉の蓋で渦巻状の貼り付けが残存状況から3箇所の貼付であったことが 考えられる。

その他の倉土遺物(第17図17~19、図版20の3~5)

(1)沖窄産施釉陶器 瓶(第17図17、図版20の3)

墓室内のシなけとシから倉土した。第17図17は瓶の完形を窺い知ることが倉来る資料であ る。口縁部がとあぐ状に開き、頸部で細くなり、胴部が膨らむ。底部はやや開く程度となって いる。釉薬は泥釉が頸部内面から底部外面まで掛けられる。釉薬は窯変の影響か微弱な凹凸が 目立つ。箇所によっては素地が見える箇所もある。器面に石灰が付着している箇所があり、内 底面では特に石灰の付着が目立つ。胎土には小形の貝、石英の細粒、赤色粒等を含む。法量は、

口径4.30cm、底径6.30cm、器高16.80cmを測る。

(2)金属製品 煙管(第17図18~19、図版20の4~5)

煙管は金属製のものが倉土しており、部位は雁首と吸口となっている。両者ともシなけとシ から倉土しており、内部に羅宇として使用された竹と思、れる植物が残存している。また、雁 首と吸口はセあト関係であると思、れる。

第17図18は吸口の火皿で直口となり、内部に炭化した刻み煙草が残る。火皿の下部には補 強体を有している。胴から脂返しの側面に金属板の繋ぎ目が見られ、繋ぎ目は補強体の下から 羅宇接続部まで続く。羅宇接続部付近に破損が見られ、破損は繋ぎ目から生じている。雁首の 法量は、長さ7.5cm、火皿径1.25cm、羅宇接続部径1.0cm、厚さ0.1cm、重量10.12gを測る。

第17図19は吸口で最大径が羅宇接続部にくる。口元に向かうにつれて窄まり、吸口部で径 が微弱に拡大する。吸口の繋ぎ目は側面にあり、羅宇接続部から吸口部まで続く。吸口の法量 は長さ8.75cm、厚さ0.1cm、重量9.70gを測る。

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10表 10号墓出土蔵骨器(身)観察表

 

       

外面、轆轤成形。

全面ナデ調整及び

底部から緩やかに立ち上がり、最大径 は胴部中央にある。頸部は無く、口唇

文様 調整痕

底面 円孔

釉薬等 窯印 口径

胴径 底径 器高

窓数

/形 挿図番号

図版番号

型式

(名称 又は 仮称)

第15図 8 図版19 2

転用 蔵骨器

(沖縄 産)

10.7

3.8 5.35

全面ナデ調整及び 削り調整が施され ている。胴下半部 から底部にかけて 横位の削り調整。

内面、轆轤成形 後、ナデ調整。

泥釉

は胴部中央にある。頸部は無く、口唇 は丸みをもつ。肩部には2条の沈線が廻 り、また直径約2.8㎝の楕円形の孔が、

2箇所みられ、対角線上に配されてい る。暗褐色の胎土および泥釉から喜 名・知花焼か。内底面と肩部の片側の 孔には細かな石灰が付着している。

宮城村玉貫細工  又吉仁也 同人妻まな卯七 月七日洗骨

本那覇瀬長村鍛 治細工うた城間 村被死 /■子■

■■/ かま戸比

宮城むら■■改

豊見 豊見城間 切伊羅波村 生 鍛治細工城 間村比嘉妻

浦添間切屋富祖 村故みや里■■

■/ 妻

寅ノ二月九日/

西原筑登之

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